昨年から病院から医療系企業に転職し、様々な病院へのクラウドサービス導入支援を担当しています。
そんな中で思うのは、「病院の中で働いている人も、稟議書を書いた経験のある人はごくごく少数である」ということです。
一方で、病院の組織形態やサービスの内容により若干の違いはあるものの、原則としてどの病院でも新しいサービスを導入する際の意思決定プロセスやチェックポイントはほとんど同じだと思っています。
今回は、「院内で新規サービスを導入する際の稟議書の書き方」について、病院内部の事情を踏まえつつ書いていきます。
1.クリアすべき壁は院内の稟議書回議
病院内に企業のサービスを導入する際に、クリアするべき壁は「稟議書の回議」になります。
病院内では日々、様々な部署から「あれを買ってくれ」「この部署に人を入れてくれ」などなど、様々な要求が挙げられており、それを「稟議書」のシステムを通じて審査しています。
事務側としても、現場のニーズを汲んで新しいヒト・モノ・サービスを入れたいのはやまやまなのですが、一方ですべてを通してしまうと経営が成り立たなくなってしまいます。そのために、病院の経営に関係するステークホルダーから了承を取り付ける仕組みが「稟議書」であり、各部署で稟議書の内容をチェックする「回議」を通じて決済がなされるという仕組みになっています。
稟議書の回議に関わる事務部門
回議に関わるのはほぼ事務部門になります。具体的には、以下のような部署が稟議書の回議に関わっています。
必須で関わる部署
・経理:予算申請がされていて、かつ契約料金が年度予算内に収まっているか?(予算外の場合は費用対効果を鑑みて適切なものであるか?) 導入後の金額は今後の予算編成に影響は及ぼさないか?
・経営企画:運用面に実際どの程度のメリットが出るのか?また中長期で投資として回収可能な収支計画となっているか?
・総務・法務:病院内で使用する際に、病院運営に関連する法令や通達に抵触していないか?
サービスの内容によって関わる部署
・医事課:患者請求に関わる内容がある場合、診療報酬制度や療担規則に抵触はしていないか?
・人事:追加での人の採用はあるか?ある場合の契約や費用はどのように出るのか?
・購買:定期的に納品やメンテナンスをするような材料や機器があるか?
・施設:施設の改修や定期的なメンテナンスはあるか?
・情報システム:院内のカルテシステムに影響があるか?Webサービスの利用やセキュリティに関するルールに抵触しないか?
当たり前ですが、回議のルートを押さえつつ、必要な「根回し」を入れておくのが大人のマナーです。
2.稟議書を書く際に心がけること
起案する際の三つの切り口
稟議書を通すうえで大切なのは、「このサービスを導入して病院は何を得られるのか?」ということです。個人的には大きく三つの切り口があると思っており、それをサービスの特徴に合わせミックスした内容を練り上げることが、良い稟議書を作るうえで必要不可欠になります。
①病院の収益増が期待できる
ひとつ目が、「〇〇のサービスを導入することで、年間〜〜円の収益増が期待できます」という切り口です。具体的には以下のような内容が想定されるでしょう。
・新たな手術機材を購入することで出来る手術の幅が広がり、診療報酬を算定しやすくなる
・集患に関するコンサル契約をすることで1ヶ月あたり◯人の患者さんを獲得できるようになる
・診療科に◯人増員することで、年間で×人の患者さんを新たに受け入れられる
収益に直結する投資ですので病院としても積極的に考えていきたい一方で、稟議書に書かれているロジックは適切か、現時点の人的・物的リソースを最大化したパフォーマンスが発揮されているか、という部分が厳しくチェックされると思いますので、この辺りをきちんと練り上げていく必要があると言えます。
②病院の費用削減が期待できる
次が、「新規サービスを導入することで、結果的に費用削減につながる」というパターン。具体的には以下のような内容が想定されます。
・診療材料や薬剤の納入価格適正化のため、ベンチマークソフトを導入したい
・職員が行っている受付・会計対応を機械化したい
・医療機器会社と保守契約を結び、新規購入による機器の交換頻度を減らしたい
こちらも収益増の時と同等に、稟議書におけるロジックの適切さ、及び現時点のパフォーマンス状況が厳しく査定されることは言うまでもありません。
また費用削減には不確定な要素も多いため、サービス導入後にも定期的な効果測定を実施していく必要があると言えます。「新しい道具は増えたが、パフォーマンスはそのまま」とならないように、注意が必要です。
③各部署の生産性向上が期待できる
最後が、「部署の生産性向上につながります」と言う切り口です。
・院内連絡用にチャットサービスを導入することで、電話対応の件数が減る
・電子決済サービスを導入することで、稟議書回議の紙運用や院内郵便が無くなる
・入院患者の事前問診をWeb化することで、病棟看護師の業務を軽減できる
などが、その例として考えられるでしょう。
医療業界は人件費が費用のうちの5~6割を占め、極めて労働集約性が高く、ヒトの動きに依存した業界です。また、昨今のコロナ禍で「医療従事者の確保」こそが最優先課題であると言うことも改めて認識されました。病院経営において、収益増・費用削減はもちろん大切ですが、その大前提として臨床現場の生産性や満足度の維持・向上はとても重要なテーマになってきています。
一方で、費用管理の側から見ると「医療現場の趣味・嗜好のために新しい道具・サービスが欲しいだけなんじゃないか」と思われたり、実際に採算が合わない・病院の仕組みに乗せられないアイデアが一定数あるのも事実です。この辺りは、サービス導入における「収益増」「費用減」の二つのロジックと組み合わせつつ、生産性向上を目指すことが出来るサービスである、という稟議書を練り上げていく必要があるでしょう。
書き方のケース:外来会計の後払いシステム
ここで、外来会計の後払いシステムをケースにどのような稟議書が書けるか?考えてみます。
【現状】
- 1500人/日の外来患者に合わせて、ピークタイムに合わせて外来の会計業務に関わるスタッフを8名配置している。
- 外来会計窓口に関わる医事課スタッフの人件費は年間で400万円/人で、毎年2名の退職者が発生している。
【導入後の見込み】
- 後払いシステムの導入により、会計窓口に並ぶ患者が1000人に減り、ピークタイムの待ち患者も減るので、今後のスタッフ体制はこれまでよりも2名少ない6名配置で問題なさそう。
- 後払いシステムの導入費用は、初期コストが1000万円、ランニングコストは200万円/年
【ロジックの立て方】
3年スパンでの試算を考えた際に、以下のように考えることができます。
- 後払いシステムを導入した場合:システム費用が1600万円(1000万円+200万円×3年)
- 後払いシステムを導入しない場合:2名分の人件費が2400万円(400万/年×2人×3年)
これならば、後払いシステムを使うことにより人件費が3年間で800万円減り、導入してもいいのでは!という意思決定がなされるはずです。(もちろん、色々な院内政治をクリアした上で…ではありますが)
3.ITによる課題解決は院内の情報システムとの闘い
運用面は効果があり、費用対効果から見ても導入することに異議はないとなった時に、最後に立ちはだかるのは恐らく電子カルテシステムやセキュリティポリシーの壁です。
電子カルテとの連携は難易度が高い
想定は富士通やNECなどに代表されるパッケージソフトとしての電子カルテですが、ベンダーでない企業のITサービスと連携することはそもそも制約が多く、出来たとしてもそのカスタマイズにはかなりの時間とお金がかかります。
「サービスを導入するA社に支払う契約料金はそこまで多くないが、電子カルテに載せるためにシステムベンダーにカスタマイズを依頼すると結構な金額になる…」なんてこともしばしば。
個人的には、「ITツールの導入は、電子カルテに影響が出ない範囲で行うべき」というのが持論です。電子カルテ連携は出来れば最高ですが、出来ない場合の現実的なプランBを残しておくことが大切だと思います。
情報セキュリティの厳しさ
医療機関は、患者の医療情報という個人情報として最も機密性を守らなければいけない情報を扱っています。
企業側でも各病院の患者情報(ID・氏名・生年月日など…)が使えれば一番良いのですが、それが難しい場合も多々あります。その際にどのようなサービス設計とするかを決めておけると、病院にとって導入のハードルが低くなるはずです。
まとめ
今回は、「院内で新規サービスを導入する際の稟議書の書き方」というテーマで記事を書きました。
書類仕事は事務職では当たり前ですが、臨床現場で働かれている方にはなかなか触れる機会のない分野だと思います。しかし、今後の病院運営では各部署の生産性向上のために、各部門の業務補助のために最適化されたシステムを組み込んでいくことは必須であると思っています。
各病院により決済フローの違いはあるにせよ、今回の記事でご紹介した稟議書の書き方や、起案時のお作法を考える参考になれば嬉しく思います。