「フル地ケア教」に学ぶ、キャリアドリフトと病院と個人の生存戦略

インタビュー企画「病院経営に関わるあの人に聞きたい」。

第三弾は、フル地ケア教のおじかちょー さんにお話を伺いました。 

 

昨年9月に、おじかちょーさん監修で作成した地域包括ケア病棟/システムの記事は大きな反響をいただきましたが、同時に「フル地ケア教を布教しているこの人は何者!?」と個人への関心を持たれた方も多いのではないでしょうか。

今回は、おじかちょーさんにインタビューをさせていただき、これまでのキャリアや今後取り組みたいテーマについてじっくりお話をお伺いしました。是非ご覧ください!

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「デスマーチ」を経験したエンジニア時代を経て病院業界へ転職 

ー まずは経歴をお伺いさせてください。最初はエンジニアとしてのスタートだったのですね。 

そうなんですよ。ある企業の子会社のシステムエンジニア(SE)でした。たまたまゼミの先輩と一緒に受けた会社に内定をいただき、じゃあ働くか、というところから社会人生活がスタートしまし た。 

実は大学卒業時は教員免許も持っていたのですが、先に内定が出てしまったのでSEやるかくらいの軽い感じで。そういう意味では、新卒の就職活動はここだけしか受けていないですね。 

 

ー 新卒で入ったSEとしての仕事はいかがでしたか? 

本当に過酷でした。入ったシステム開発の最初の現場で「デスマーチ」の案件に当たってしまって。交通系ICシステムの案件でリリース日が確定しており、広告も打たれている。リリースに合わ せるために、月に100時間以上はずっと残業して働いていました。 

 

ー新卒でそれは凄まじいですね。 

後は、仕事以外でもIPA(情報処理推進機構)の資格試験を半期に一度受けさせられており、睡眠時間以外は仕事か勉強かしかしていない状態で。「これ続けたら、本当におかしくなる」と 思って、プロジェクトが終わった2年ぐらいのタイミングで辞めました。 

 

ーその後、病院業界へ転職されたのはどういう経緯で? 

知り合いから誘いを受けたこともあって、とりあえず「リハビリ」ぐらいの軽い気持ちで働き始めました。当時は疲れ切っていたので、実家から近かったのも転職を決めた理由のひとつです()

転職した病院では、SEのお手伝いや、出始めたばかりのDPC分析によるパス改善や、医薬品・ 診療材料のベンチマークシステムの導入など、経営改善の支援をしていました。当時としてはかなり早くこういったテーマに取り組めていたと思います。 

病院経営への課題意識と「大学院」への進学 

ー この病院在籍中に、MHA(医療経営・管理学)の大学院にも通われたとのことですが、転職後に病院経営への関心はどのように芽生え始めたのですか? 

病院で働くうちに、財務が悪い中でも投資過多の状況が続き、借金も嵩む一方の経営を目にするようになりました。祖父が会社経営をしていたのですが、それと比べても、意思決定が明らかにおかしいと思い始めまして。 

病院経営の正しい姿はどこにあるのか?という課題意識を持ち、そこに対する考え方の軸を 持つためにMHA(医療経営・管理学)の大学院で勉強しようと思い、働きながら2年間、勉強をしました。 

 

ー 大学院での学びは、充実した時間になりましたか?

はい。指導教官や同期に恵まれ、密度の濃い二年間を過ごしました。特に指導教官の方が元厚労省官僚で、行政の考え方を深く理解できたのが良かったです。結局、医療は制度ビジネスなので、厚労省が描いている絵に乗るしかない。その枠組みの中で、どのポジションで、どの時間軸で勝負するか。いつまでに何をしないとダメか」が見えるようになりました。 

 

ー 大学院での学びは、その後の仕事にどう影響しましたか? 

問題意識の幅が広がりました。大学院で色々な経営母体・機能の病院の財務データやパフォー マンスを見る中で、単体の病院をどうしようという問題意識から、広い医療システムを俯瞰して考えられるようになり、結果的に病院経営の視座も高くなったと感じます。 

また、同期ではその地域での医療法人の幹部クラスも多く、勉強しながら深いネットワークを築けたのもその後のキャリアの財産になったと思いますね。 

大学病院へ転職し「医事」の基礎を身に着ける日々 

ー 大学院が修了した後、今後は大学病院に転職されますが、これはどのような経緯で? 

大学院から戻って1年ぐらいした時に、病院の資金繰りがかなりおかしくなってしまっていて。それで、当時の相談役的なの方と相談して、「人件費を削るために、短期的には影響がない自分たちが辞めませんか?」と話し、その病院を退職しました。 

 

ー 人件費のために自分たちが辞めるというのは、すごい決断ですね。 

その時にちょうど大学院の先輩からお声掛けいただいていた、県内の大学病院へ行くことにしました。もともと特定機能病院の経営には興味がありましたし、病院事務職のコアである「医事」が分からないのは片手落ちだと思っていたので、「医事課」への配属前提で転職をしました。 

 

ー 大学病院の業務はいかがでしたか? 

勤務した大学病院では、医事課がDPCのコーディングをする体制でした。診療情報管理室と分 業する病院も多い中で、医事課でコーディングから細かい算定チェック、レセプト詳記の下書きなどを一連ですべて行えることが出来たのはとても良い経験になりました。自身も心臓血管外科な どの単価の高いレセプトを数多く任せてもらい、業務は大変ではありましたが、非常に勉強になり ました。 

 

ー そこで「医事の中身」をマスターされたわけですね。 

マスターまでは全然いきませんが、ここで医事の中身が分かるようになったことが、その後のキャリアにおいて医事関係のマネジメントをするうえでも強みになっています。 

3年ほどやって、ある程度の医事関係の業務が理解できたなと思った時に、今度は大学院の同期から事務系幹部候補の採用があるとの声掛けがあって、地元にも近い現在勤務している公立病院の採用試験を受けました。 

中規模ケアミックス病院での経営改革 

ー 今の病院へはどのような役割を期待されて入ったのですか?

入った年の年度末に病院移転が決まっていたなかで、最初の一年は 診療情報管理室の立ち上げ、電子カルテ/NW更新支援を行いました。また並行してゼロからデータ提出加算のDPCデータ 作成・届出も担当しました。 

その後は、「医事課をどうにかしてほしい」というオーダーから、医事課組織の再編成と業務の見直しを担当しました。公立母体の病院だったのですが、当時は経験値のあるプロパー職員が少なく、医事課は委託頼みの状態でマネジメントできる層もほぼいないボロボロの状態でした。

 

ー かなり難しい状態からのスタートですが、どのように組織改革を進めたのですか? 

組織編成については、委託依存の体制を改め内製化を図り、院内職員が直接マネジメントが取れる形に切り替えました。 

またスタッフの勤務状態も月50時間ぐらい残業するのが普通でしたが、本当に必要な業務だけを定義したり、レセプトチェッカーを活用して機械化を図ることで、働き方のコストパフォーマンスを高めていきました。 

スタッフと話す際には、「何に困っているの?」という問いは常にしていました。そこで、マネジャーは「やらないことを決める」というのが一番大切な仕事だと思っています。結果として、介入後は残業時間が月に10時間ちょっとぐらいまで減りました。

ー その後は経営企画室に異動され、最近は人事制度改革もされているとか。 

公務員的な年功序列前提の制度を新規採用者のみ引き下げるような魔改造状態での運用により、人事制度全体がおかしくなっていました。このため、「働く人たちが自立的・自発的」に働ける制度設計をして、各世代の働く意識に火をつけられる・パフォーマンスを上げた人が評価される体制に刷新しました。

*人事制度の概要は、おじかちょーさん勤務の病院のホームページに掲載されているとのこと。自院でも困っている!などあればお問い合わせください

 

給与保証なども長期期間を設定したので、表立った反発はなく、制度移行を進められた印象です。最近では、自己評価と他者評価がズレている方は退職していっており、組織としてもより良い方向に進んでいると感じます。 

「自院だけ生き残っても意味がない」地域包括ケアのモデル病院づくりとフル地ケア教の布教 

ー 現在の病院に転職して、かなりの改革に着手されてきたのですね。その中で、Xでの情報発信 も数年前から行われていますが、最近の課題意識などを教えてください。 

自院の「生存環境」が確保され始めているなかで、改めて大学院の学びも振り返った時に「医療業界が明らかにおかしくなってきていて、自分のところだけが生き残っても仕方ない。」という課題意識を持ち始めました。

そのなかで、Xくらいやってみるか、という思いで情報発信も開始し、「フ ル地ケア教」の布教などを陰ながら行っています。

 

ー 「フル地ケア教」の教祖として、大きな反響を呼ぶことも多いですね。 

いえいえ、私はあくまで枢機卿であって、教祖は厚労省におられる設定ですので(笑)ただ、実際に、Xで布教活動を始めてからDMをもらって相談を受けたことも何回かありました。自分の病院 がシステム的に難しいことをしようとはしていないので、良いやり方はどんどんシェアしていけれ ばと思っています。

ここでひとつ、アドバイスというとあれですが、この業界は、優しい、気のいい人が多いので、どんどん人を頼る、XでもDMとかでもいいので聞きたいことは聞いてしまう、というスタンスは結構大事だと思います。そういうところから、自分も病院も生きる道がつながったりすると思うので。 

ー 現在の医療業界に対して思うところなどはありますか。 

そうですねひとつ思うのは、みんな好きなことをやりすぎていないか?と。病院はやりたいことをやる場所じゃなくて、地域のニーズ、国のシステムがあって、その中でどのポジションを取るか?が経営においてとても重要です。 

自分がやりたいことだけに取り組むのはサステナビリティが無い経営になるので、地域医療構想 も踏まえながら、あるべき姿を考える病院がもっと増えてほしいですね。 

 

ー 今後、いまの職場で取り組みたいことは何ですか? 

自分の病院を「地域包括ケアのモデル病院」にすることです。特別な名医がいなくても、システム で回る仕組みを作り、それを全国の中小病院に使える部分を真似してもらい、地域のために生き残りたい病院を助けるお役に立てればなと思っています。 

最近では、地域包括ケアシステムの更なる具現化を目指すべく、法人の入院と外来以外の部分 を統括する「地域包括ケアセンター」の設置や、総合診療医を迎え入れた病院運営ができるように取り組んでいるところです。 

 

ー 最後に、同業界の人たちへのメッセージをお願いします。 

直接的には言われていないですが、厚労省の頭の中では最終的に病院を半減して、4000病院くらいにすることを考えているはずです。実需要の観点から見ても、おそらくそのラインになってくる はずだと思います。 

そのなかで、いま働く人たちはまず、「働く場所・働き方」には気を付ける、端的に言えば「生き残れる病院」をシビアに選びましょうということは考えた方が良いと思います。自分が溺れていては 人は助けられませんので。

しっかりした船に乗り、スキルを磨き・自律的に仕事をした上で、あと は地域貢献や取り組みたい医療の発展にトライして後に続く人たちの道を作ってあげてほしいです。 

ー 本日はありがとうございました! 

おまけ:あの人が読んでいるこの一冊 

ー おじかちょーさんの「おすすめの一冊」も教えていただけますか。 

スティーブン・P・ロビンスの『組織行動のマネジメント』です。 

この本は組織行動学の教科書ですので、「動機づけ」や「意思決定モデル」など、硬い話も多いのですが、、普段考えていることに各研究から「ほんそれ」の回答を与えてくれる内容も多くあり、 そのうえで組織をマネジメントする上での基礎が網羅的に書かれており、全体を動かすために非常に役立つと思います。

特に「11章 力(パワー)と政治」は組織の中で生き残るための「攻略本」のような章で、パワー(権力・影響力)の構造を学ぶことができるので、院内で影響力を発揮したいと思っている方には 特におすすめですね。 

編集後記 

3回の転職や大学院進学を経て、常に新しいフィールドにチャレンジしてきたおじかちょーさん。 飄々とした受け答えの中に、物事を俯瞰して見ながら、やるべきことに粛々と取り組む芯の強さと 推進力を感じました。 

また、キャリアの話については、「やりたいことがある・今の職場で働き続けることに迷っていた ら、チャレンジはした方が良い」というメッセージもいただきました。新しい環境に身を置くことや、 学びの場を持つことの大切さにも触れられるインタビューになり、私自身も刺激を受けました。 

おじかちょーさんの取り組む「地域包括ケアのモデル病院づくり」、そしてその先にあるフル地ケア教の発展に、ますます注目です!