「医療職も経営を自分ごとに」 院長が語る現場を動かす対話とリーダーシップ

インタビュー企画「病院経営に関わるあの人に聞きたい」。

第四弾は、Dr中々|病院再建奮闘医(元外科医) さんにお話を伺いました。

昨年度の医療マネジメント学会でご挨拶したことがきっかけでやり取りさせていただく中で、今回は初めて「医療職」の方へのインタビューが出来ればと思い、お声がけさせていただきました。

豊富な臨床経験を経てマネジメントの道へ進み、現在は院長を務めていらっしゃる中々先生のインタビュー、是非ご覧ください!

医学生~若手外科医時代に培った「協調型のリーダーシップ」

ー 本日はよろしくお願いします!まずは、中々先生の医師としてのキャリアからお伺いをしたいと思っています。そもそも、なぜ医師になろうと思われたのですか?

実家はまったく医療関係者のいる家系じゃないんですよ。理系に進むことは決めていたけど、理学や工学、農学などに進むイメージが持てず。それで自分なりに本などを読んだりするなかで、結果として消去法的になのですが、「医学」に興味を持ったのがきっかけです。

 

ー 消去法で医学部を選び、実際に進学されるのもまたすごいですが、、大学受験の思い出はありますか。

当時は第二次ベビーブームの世代で受験競争が激しく医学部定員も削減されそうな社会風潮の中で、一次試験が自分に合っていて、かつ二次試験で面接のウエイトが高い医学部があり、そこを受けることにしました。中学生の時は生徒会長とかもやっていましたし、人と議論することは嫌いじゃなかったので、「(面接での)喋りだったら行けるかな」と。それで運良く受かった感じです。

 

ー 医学生時代の思い出はありますか?

合格した大学は各都道府県から人が集まってくる全寮制、もう毎日が合宿のような「強制的な収容生活」でした(苦笑)。ただ、その分同期や、部活のラグビーでの繋がりがとても強く、いまでも繋がりが深い大学の知り合いが多くいることは財産になっています。

 

ー 医学生時代の生活で学んだことや、活きていることはありますか?

ありますね。言い方は難しいですが、自分があまり得意ではないな、という人も含めていろんな人がいる環境に身を置いたことは、医者になってからすごく役立っているように感じます。病院で働くと、上司にも同僚にも、苦手な人っていますよね。苦手な人から逃げるのは簡単ですけど、その人たちともうまくやっていくための振る舞い方などが自然と培われていったように感じます。

 

ー 卒業後の勤務先では、へき地の診療所長などの経験もされたとか。

はい。田舎の地域での村長、教育長、議員さんなどが参加される会合に、若手医師の私が診療所長として列席が求められたりするんです。年配のみなさんはかなりの個性派ぞろいでしたけど(笑)、そういうところに放り込まれる環境は、学生時代の経験があったからこそなんとか乗り切れたような気がします。

病院のマネジメントでは、個性が強かったり、プライドの高い人たちの集団の中で、自分を殺さずにリーダーシップを発揮しつつ、さらに人の意図を汲むことが大切。学生時代から卒業後10年目までの生活は、その原点になったと思います。



大学病院での葛藤を経て、民間病院でマネジメントの道へ

ー 卒業後、大学病院の医局に所属した時代はかなり大変だったようですね。

本当は、外科医として最初にお世話になった民間病院にそのまま就職しようかとも思ってたんですが、外科医を志す中で出来る手術の幅や、専門医を取る環境、そして最後は先輩からの強い引き合いもあって、大学病院の医局に入りました。

とはいえ、当時の大学病院は現場で臨床を頑張っている人間よりも、たくさん論文を書いてる人が発言力を持っている文化があります。臨床では一生懸命やっていても、ちょっとしたミスを糾弾されますし、月8〜9回の当直をこなす泥沼のような忙しさに加え、民間病院勤務時には分からなかった組織の中での立ち振る舞いの難しさも見えてきて、医局は長居する場所じゃないという気持ちは強くなっていきました。

 

ー なるほど…。そんな中で、7年程度大学医局で勤務された後に、別の民間病院に赴任されるのですね。

はい。その病院当時症例数が非常に伸びている施設で、私自身も多くの手術を経験し、最初の数年間は臨床医としてトップスピードでやっていました。でも次第に自分より上が辞めていく中で、着任して3年目頃、40代も前半で実質的に診療科長としての振る舞いが求められるようになったんです。

 

ー その頃から、現場を束ねる役割へと変わっていかれたと。

当時の病院では、現場のマネジメントが弱く、スタッフ側に何か問題があってもどこに持って行けばいいか分からない状態でした。

その中で、私外来部門の課題解決の担当になり、問題を徹底的に拾い上げました。日々の業務課題から、スタッフ間でのコミュニケーションやハラスメントに近い問題まで、全部を師長に拾い上げてもらいながらスタッフにヒアリングをして、問題の解決方針や、今後のあるべき判断基準を議論しながら整備していきました。

 

ー そのプロセスの中で、現場はどう変化していきましたか?

判断基準が出来ていったことで、安心して働く環境に近づくことができ、結果的にこの取り組みを通じて離職率も下がっていきました。

あとは、議論をする中で分かってきたのが、立場が上だろうが下だろうが、優秀な人は「自分だったらこうします」と対案をもって話し合いをしてくれる言ってくれる。一方で、文句ばかり言って建設的な意見を言わない人間を相手にするのは難しいし、結果として自然といなくなっていきました。

この病院で現場を回す経験を通じて、そういった「人を見る目」「問題解決力」を養うことができた期間になり、マネジメントの原点といえる時間を過ごしました。

SNSでの「内省」からつながった新しいネットワークと院長としてのキャリア

ー一方で、現場をまとめる過程で、今度は経営陣との対立が生まれたそうですね。

そうですね。。経営層側は現場への理解や対話もなく売上目標を下ろしてきて、達成したかどうかだけで評価される。また、現場側が問題点を指摘しても聞く耳を持ってくれないなど、現場側で意識をもって動くほど、経営層との対立構造が明確になっていってしまいました。

とはいえ、私自身もこれまで臨床一筋だったので、自分たちの頑張りがどうしたら数字に現れるかのメカニズムが十分に理解できていないのも事実でした。それで経営者の頭の中を知りたくなって少しずつ勉強を始めました。

 

ーSNSもこの頃に始められたと思いますが、きっかけはなんだったのでしょうか?

院内で、マネジメントのことを相談したくてもできる人がいない。そんなやり場のない思いを抱えて悶々としている中で、ずっと毛嫌いしていたのですが、SNS(X)を始めて、そこで自身の気づきや考えを少しずつ発信し始めたんです。

 

ーそんな中で、新しい出会いもあったとか。

はい。Xで知り合った方を通じて、現在の法人の経営者にあたる方を紹介してもらいました。実際に会って話をする中で、内視鏡の手伝いや当直で一緒に働いてみませんか?と声をかけてもらい、月に数回の勤務を半年くらい続けました。小さい病院で、勝手ながらスタッフの士気もそこまで高くないのかなと思ったら、みんな元気に働いていてその病院に入り込むようになり。そんな折に、「このまま院長として働きませんか」とオファーをもらい、2年前に院長として入職しました。

その当時の職場で依然としても経営層との距離があったのに加え、外科医としても、年齢を重ねる中で体力やストレス耐性が落ちてきたと感じてきており、ここは新しい職場でマネジメントの道に進むタイミングだなと思い転職を決意しました。

未来の展望:病院で働く人たちが「共通言語」を持つために

➖実際に院長に就任され、改めて病院におけるマネジメントをどう捉えていらっしゃいますか?

院長に就任後も、私自身は基本的にはプレイングマネージャーとして働いています。持論ですが、医療現場においてはある一定水準で診療が出来ないと、周りからマネジメント役としての信頼を勝ち得るのは難しいと思っています。

ー 経営者として組織の旗振りをする中で、意識している点はありますか?

自分たちの病院のビジョン、目指すべき地域でのポジショニングを明確にして伝え、スタッフ全員の意識統一を図ることは常に意識しています。

具体的には、この規模の病院だからできる急性期からの転院入院受け入れ、地域の健診業務、産業医活動などは強化を図っていますね。各部門の責任者たちと意思決定をしながら改善するようにしています。

 

ー 前の病院で苦しんだ「お金」との向き合い方に何か変化はありましたか。

私自身は、売上ノルマを医療現場にそのまま課すのはミスマッチだと思っていて、行き過ぎた管理は良い結果を生まない、というのが持論です。

その一方で、特に中堅以上の医療職は病院の売上も考えて仕事をしないと、結果的に自分たちがその職場に求めている医療が出来なくなってしまう。自分たちがやりたい医療を守るために、経営も自分ごとにして仕事をしよう、というメッセージやその根拠となる数値は、院長として意識して伝えるようにしています。

ー院長としてのキャリアを積む中で、今後取り組みたいことはありますか。

現在の病院はまだ再建途上ですが、法人トップからは次世代を育ててほしい、と言われているので、次の管理を担う医師採用にも積極的にコミットしているところです。病院経営に関心のある中堅層の医師は増えているという話も聞きますので、もし興味がある先生とはぜひ一度お話をしたいですね。

あとは、現在のキャリアで得た経験値やノウハウを、今後は他の病院にも自身を介して展開をしたいと考えています。将来的には、様々な規模の病院再建をする仕事にも関心があります。

 

ー 最後に、医療業界の方々へメッセージをお願いします。中々先生の場合、「臨床のトップ」「経営者」という二つの顔があると思いますので、それぞれの立場からメッセージをお願いできますか。

まず医療者のみなさんに対して。いまの職場で提供する医療を継続的に行うために、何ができるか?を考えることが大切だと思っています。自分たちの仕事だけやっていたらいいわけではない、という意識は大事にしてほしいですね。
医療職が臨床現場を支えているので、その矜持をもって経営観点も含めて組織に働きかけ続けてほしいです。ここは、将来的にもAIでは代替されない仕事であり続けるはずです。
自分の活動も、引き続きXやマネジメント学会などで発信をしたいと思っています。


ー ありがとうございます。続いて、経営者の立場からの思いもお伺いできますか。

経営に関わる機会の多い病院内の事務職の方々に対して。私は、病院の事務職の、特にミドル層の人が持ってくる話を聞くのが大好きです。その話やデータには、医療職には見えていない視点や新しいアイデアがあり、その分析・解析能力には尊敬の念を持っています。

一方で、時に事務職の人が持ってくる話には、現場に展開した時に何が起きるのか?が抜け落ちていたり、医療職からの反発が全く想像できていないことがあります。
それでも、この話をした時にどういうことが起きるのか、ということに想像力を働かせ、めげずに現場の人とディスカッションすることは大切にしてほしいですね。

ー 病院事務には、現場の反発を恐れずに、ディスカッションを仕掛けていくべきだと。

そうです。「どうせ聞いてもらえない」と諦めたら何も始まらない。いまの時代、事務職と協働のできない医療職は淘汰される時代だと思っています。建設的な議論をして、時には「相手を丸め込んで使い倒す」くらいの気概で、一緒に病院を良くしていければと思っています。

 

ー 非常に勇気づけられる、熱いお話をお伺いし、本日はありがとうございました!

 

おまけ:あの人が読んでいるこの一冊 

インタビュー後に、2冊、おすすめの本を教えていただきました!

中々先生の推薦コメントで気になった本があれば、良ければ手に取ってみてください。

 

いまさら聞けない病院経営

足利赤十字病院の元院長・小松本先生が執筆された1冊。病院経営・運営を勉強しようと思った時に最初に手に取った本です。
「いまさら聞けない…」というタイトルがこの領域の無知さを痛感していた自分も読んでもいいかな、と許されている気がしました。
当時はこの本を読んだことで病院運営の疑問が少しずつ氷解していったことを覚えています。

*Kindle版で購入したい方はこちらから

 

人を奮い立たせるリーダーの力

自分も元ラガーマンとして世代のヒーローだった平尾誠二が語るリーダー論にしびれました。
相手に何を言うかではなく、どのように言葉を届けるかを考えさせられた一冊です。

編集後記

中々先生の豊富なキャリアと熱さに圧倒され、インタビューの1時間はあっという間に過ぎていったのが思い出されます。

「医療職と事務職、病院経営はどちらが担うべきか?」という話題は定期的に上がりますが、ただの二元論で片づけるのではなく、双方がお互いの立場や考え方を汲みつつ、タッグを組んで経営に向き合う時代であることを再認識しました。

中々先生の病院再建の挑戦はまだ始まったばかり。これからの活動に引き続き注目です!