外国人患者の受け入れと診療費請求の実態(前編)

訪日外国人観光客が年々増加し、かつ2020年の東京オリンピックを間近に控えたいま、日本社会にとって「外国人観光客の受け入れ」は経済的に大きなテーマの一つとなっています。

一般の商業施設であれば、外国人のお客さんは事前にお店のサービスや商品の値段、多言語対応の有無等を調べてから、自分が行きたいお店に入るという流れになります。一方で、緊急性が高いためにそれが難しく、かつサービスを受ける際の言語の壁が大きな問題になる分野があります。それが、医療機関への受診」です。

今回は、病院の医事課で働く事務職員の立場から、外国人患者の受け入れにおける診療費請求の実態に絞ってまとめていきたいと思います。

なお、本記事における外国人患者は、「日本の保険資格を持たない(短期滞在者、旅行者など)、自費診療扱いとなる外国籍の患者」と定義します。

f:id:espimas:20191127175443j:plain

日本の病院を受診する外国人患者は増加の一途

訪日する外国人観光客は、2013年頃から年間約500万人のペースで増え続けています。 

f:id:espimas:20191127165720p:plain

当たり前ですが、どの国の人間でも一定の割合で体の不調を訴えたり、場合によっては心筋梗塞脳卒中など、すぐに救急車で搬送を行って入院が必要となる方がいます。

「年間で何人の外国人患者が日本の病院を受診しているのか?という統計は見つけることができなかったのですが、日本政府観光局(JNTO)によると2018年の年間訪日外国人数(推計値)は前年比8.7%増の3119万1900人とのこと。

このうち、1%が何らかの不調で病院を受診したと仮定すると、年間で約31万人の外国人患者を、全国の病院で受け入れていると考えられます。

「31万人」は、現在の日本の市町村の人口で言うと北海道の旭川市岩手県盛岡市群馬県前橋市、東京都の新宿区・中野区、沖縄県那覇市など、日本の各県の中核都市の人口と近しい規模です。これほどの規模の人数の患者が、日本の保険証を持たずに全国の病院を受診しているという事実をまず理解する必要があります。そして、この人数は今後しばらくは年間5~6万人のペースで増加の一途をたどっていくと思われます。

参考:日本の市の人口順位 - Wikipedia

診療費請求の現場から…

続いて、私が医事課の職員として診療費請求を行っている現場から、外国人患者の受け入れにあたりどのような苦労があるか、3つのポイントからご紹介します。

日本の病院と外国の病院ではそもそもの診療費への考え方が違う

まず一つ目が、日本と外国の間での医療制度の違い、また患者側の診療費支払いに対する考え方の違いです。

日本では国民皆保険制度のもと、どの医療機関でも同じ価格で治療を受けることができます。また健康保険証を提示すれば3割負担で、かつ高額療養費や難病の公費/生活保護などの制度もあるので、どの医療機関でもかなり安価に医療を受けることができます。ですので、「治療費がいくらかかるのか?」という点を受診前に本当に心配する患者さんはあまりいらっしゃいません。

一方で海外はというと、

・病院によって治療の値段が異なっている

国民皆保険のような制度はなく、国民の所得に応じて民間保険に加入し、給付金を受ける

・治療費を予め確認したうえで、その病院で治療を受けるかどうかを決める

というような国が多いのが現状です。(イギリスやフランスのように、国としての保険制度の在り方が確立されているところもありますが、ごく少数と思われます)

これは私が中国人の患者さんに聞いた話なのですが、中国の病院では救急外来に診察・処置・検査のメニュー表のようなものがあり、それを患者さんが事前に確認・同意をしたうえで治療を受けるのだとか。日本では考えられないシステムですが、患者側が「命の値段」を判断する国が多いことも事実です。

そして、日本における外国人患者診療は、このような受診や診療費支払いへの考え方が違う患者を、国民皆保険制度の流れに乗せて受け入れ、かつ最終的な請求は高額になりやすい自費扱いで行うという、極めていびつなプロセスになります。なので、患者を受け入れて治療が一段落した後に、「こんなに治療費がかかるとは聞いてなかった!」「この治療費がかかる検査や手術に同意した覚えはない!」というトラブルが起きがち、というのが医事課でまず困っているところです。

海外旅行保険を窓口で使用するためには大変な労力が必要

「患者さんが旅行保険に入っていれば、患者請求は必要ないんじゃないか?」と思う方もいらっしゃると思うのですが、現実はそこまで甘くありません。

➀支払い保証を事前に受け取るための手続きは手間がかかる

旅行保険を使用するには、病院側が事前に支払いの保証を患者の保険会社から受け取る必要があります。

「保険に入っているから窓口では払わなくていいでしょ~」と患者さんが申し出ても、病院側がそれを証明する文書を保険会社からもらえなければ、保険会社に請求はできません。ひどいケースだと、患者さんが「保険会社が払う」の一点張りで逃げられ、結局保険会社は支払う契約にはなっておらず病院側が泣き寝入りになることも。そして保険に入っていても、「いったん窓口で全額支払ったうえで後から返金します」というタイプのものだと病院では使用できません。ここもまた揉めやすいポイント…。。

また支払いの保証が電話一本で出ればいいのですが、大体は以下のような書類の提出を病院側から行う必要があります。

・患者の病状や受診したことを証明する診断書

・治療費の内訳や概算費用

・帰国にあたっての注意事項を記載した書類

これらの書類を、当院では医事課から医師にお願いしていますが、手術や外来の合間を縫って1~2日で書いてもらうことは、医師側から見ても負担になります。「英語表記でお願いします」などと言われると、ますます作成のハードルが上がってしまいます。

 ②現地とのやり取りは英語での対応になることも

窓口で使用できる保険を持っていたとしても、対保険会社とのやり取りの際の言葉の壁の問題もあります。

日本の保険仲介会社(アシスタンス会社)が入ってくだされば、対応は楽になるのですが、そうでない場合は、現地の保険会社と英語で電話やメールでのやり取りをする必要があります。

外資系企業では英語でのメールや電話は日常の仕事かもしれませんが、残念ながらこの話の舞台は採用面接時に英語能力が特に問われない日本の病院。保険会社払いが病院側も患者側もWin-Winの解決策であり、できるだけ対応してあげたい気持ちはあるのですが、一方で英語スキルを持った方による対応も限界があるのが本当に悩ましいところです。

(ちなみに当院では、海外保険会社とのやり取りを一手に引き受けてくださる専属のスタッフがおり、本当に助かっています)

③患者が帰るまでに話をつけることが必要

最後は、当たり前の話ですが「患者が帰るまで(受診終了、入院であれば退院するまで)に話をつけられるかが勝負」という点です。

支払い保証が発行されるまでの手続きには、診断書の作成にかかる時間や、現地とのやり取りの際に発生する時差の問題など、患者の帰宅までに間に合わなくなる要素が多数含まれています。

患者さん側には「保険会社が払うんだろ!」と言って、病院側の手続きがやむを得ず遅れていることに理解を示さない方も多くいらっしゃいます。保険会社と患者の板挟みになり、高額な医療費の問題をぎりぎりまで調整する医事課の職員には、高レベルな院内調整スキルと患者対応力が求められます。

外国人患者にも該当する「フリーアクセス」と「応召義務」

「受け入れリスクがあるのなら、そもそも受け入れを断ればいいのでは?」という考えを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、日本の医療制度上、それはできません。

日本の医療法には、「応召義務」という概念が存在しています。

診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。(医師法第19条)

ここには「国籍の有無」「日本の健康保険資格の有無」は記載されていませんので、外国人患者の診療の希望があった場合、病院は受診受け入れを行う必要があります。

また2019年3月12日の衆議院で外国人患者の受け入れにあたっての議論もすでにされており、ここでもハッキリと「患者の国籍のみを理由にして受け入れを拒むことはできない」と回答がなされています。

外国人専用医療ツーリズム病院における応召義務に関する質問主意書

そして日本の各医療機関は、自分の判断で自由に医療機関を選択できる「フリーアクセス」の概念のもとで運営されています。このため、外国人患者も日本人と同様に、全国どの病院でも治療を受けることができます。

この制度は日本が誇るべき制度の一つであり、外国人患者の受診が悪いことだとは全く思っていません。一方で、これまで述べてきたような問題や患者トラブルに病院側が巻き込まれやすい制度にもなっている、ということも事実です。診療費請求の現場で働く立場として、この点を一般の方々にも知っておいていただきたいなぁと思っています。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

ちょっと話が長くなってきましたので、今回はここまで。

次回の記事では、

「外国人患者に関する未収金の問題」

「診療費価格の設定の相場」

「今後の外国人患者の受け入れにおける提言」

を書いていきたいと思います!

今回のまとめ

  • 日本の病院を受診する外国人患者は増加の一途であり、推計だが年間で30万人以上の外国人患者が日本の医療機関を受診していると思われる。
  • 日本の病院と外国の病院ではそもそもの診療費への考え方が異なり、日本の医療システムで治療をした結果、診療費請求でトラブルになることもしばしば。
  • 海外旅行保険を窓口で使用するためには大変な労力が必要であり、病院の人員体制によっては限界もある。
  • 「フリーアクセス」と「応召義務」は外国人患者にも該当する。日本が海外に誇るべき制度ではあるが、一方で、この制度が病院側を外国人患者の診療費請のトラブルに巻き込みやすくしていることも事実。

参考

日本政府観光局 月別・年別統計データ(訪日外国人・出国日本人)

https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/

・日本の国民皆保険制度と世界・海外との違い

https://hoken-all.net/health/difference-word.html#i-3

・「平成30年度医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」の結果

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000173230_00001.html