外国人患者の受け入れと診療費請求の実態(後編)

前回のおさらい

  • 日本の病院を受診する外国人患者は増加の一途であり、2018年に日本を訪れた外国人観光客は約310万人にまでのぼった。このうちの約1%が滞在中に医療機関を受診したと仮定すると、年間で30万人以上の外国人患者が日本の医療機関を受診していると思われる。
  • 日本の病院と外国の病院ではそもそもの診療費への考え方が異なり、日本の医療システムで治療をした結果、診療費請求でトラブルになることもしばしば。
  • 海外旅行保険を窓口で使用するためには大変な労力が必要であり、病院の人員体制によっては限界もある。
  • 「フリーアクセス」と「応召義務」は外国人患者にも該当する。日本が海外に誇るべき制度ではあるが、一方で、この制度が病院側を外国人患者の診療費請のトラブルに巻き込みやすくしていることも事実。

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今回の記事では、以下のポイントについて書いていきます。

  1. 「外国人患者に関する未収金の問題」
  2. 「診療費価格の設定の相場」
  3. 「今後の外国人患者の受け入れにおける提言」

なお、本記事における外国人患者は、「日本の保険資格を持たない(短期滞在者、旅行者など)、自費診療扱いとなる外国籍の患者」と定義します。

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外国人患者の診療費未払いの問題

未収金の発生状況

厚労省の「医療機関における外国人患者の受入に 係る実態調査」に、外国人患者の受け入れに伴う未収金の発生状況がまとめられています。

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  • 2018年10月1日~31日に外国人患者1)の受入実績のある2,174病院において、386病院(17.8%)が、外国人患者による未収金を経験していた。
  • 未収金があった病院をみてみると、病院あたりの未収金の発生件数は平均6.7件、総額は平均43.3万円であったが、総額が100万円を超す病院もみられた。

とあります。個人的な感覚としては、もっと未収金あるんじゃないかな?という感じなのですが。

そして、外国人患者の受け入れに伴う診療費の未払いは、病院側にとって大きな問題になります。

なぜ外国人患者の診療費未払いは医療機関にとって問題なのか?

医療機関にお勤めの方はご存知かと思いますが、「診療費の未払い」というのはどの病院でも一定の金額で発生しています。

医療機関の診療費は、

「サービスを受けた後の支払いになること」

「個々人の治療内容に応じて金額が変化すること」

から、「治療は受けたが緊急受診で手持ちがない」「こんなにかかるとは思っていなかった」と会計の時に言わやすくなっているという現状があります。また飲食店と違って院内は広く出口も複数カ所あるので、悪質な患者さんだと会計に寄らずに帰ってしまうことも…。

ただし、日本の健康保険制度のもとでは、診療費の未収金が経営に大打撃を与えることがないようになっています。患者が窓口払いをしなくても、最低7割分は保険組合に請求できますし、所得の低い患者は限度額適用認定証の提示で窓口負担の金額を押さえることができたり、本当に経済的に困窮している場合は生活保護の受給で医療費はゼロ円になります。つまり、「診療費の支払いが難しい生活状況の患者層は、そもそもの窓口支払金額が少ない」という構図になっています。

一方で、外国人患者が保険証を持っていませんので、10割分すべてを患者に請求する必要があります。100万円分の診療行為を受けた外国人患者が未払いで退院した場合、健康保険組合への請求はできませんので、100万円は丸々病院側の損失となります。(一方で、日本の保険証を持っている場合は、保険組合への請求で最低70万円、病院側で限度額適用認定証を申請すれば90万円近くは請求できることになります。)

つまり、「同じ診療行為をしても、未収金額のケタが一つ異なる」ということが外国人患者の未収金の問題であり、外国人患者を受け入れる努力をしている病院ほど、その未収金リスクと隣り合わせになっている、という現状があります。

外国人患者の未払い医療費を補填する制度もあるにはあるが…

外国人患者の受け入れにそのようなに未払いのリスクがあることは行政も分かっているのか、例えば特に訪日外国人の多い東京都では、都の事業として「外国人未払い医療費補填」の制度があります。

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しかし、、この事業で想定しているのは、残念ながら数が多い旅行者ではなく、極めて少数派である「日本に滞在しているが健康保険証を持っていない外国人」なのです。

外国人のうち、都内に居住し、又は勤務する者で、公的医療保険が適用されないもの、又は公的医療扶助の給付を受けないものです。例えば、オーバーステイや不法入国等の外国人で、健康保険法や生活保護法、行旅病人及行旅死亡人取扱法などの適用がないものを対象としています。旅行者や出張で来日した方は対象外です。(HPより抜粋)

ですので、訪日外国人の観光客が具合が悪くなって日本の病院を受診して、でも支払いはできませんでした、となるとこの事業の対象外となってしまいます。

ちなみに私の経験上ですが、大使館も診療費の未払いには一切関与してくれません。

国民の保護という観点から、帰国の調整(フライトの手配や本国側で受け入れる病院のサポートなど)や日本の滞在ビザの延長などには対応してくれますが、未払い医療費についてはノータッチ、あくまで医療機関と患者さんの問題ですというスタンスになります。このため、やはり外国人患者の受け入れにあたっては、医療機関側が診療費の回収の責任をすべて持つ必要があります。

診療価格の設定について

日本の保険証を持っていない外国人の患者は自費診療になります。どのように価格を設定するかは各病院の自由ですが、厚労省の調査によれば、ほぼ全ての病院において、診療報酬点数表を活用した計算(1点=〇円として換算)を行っているようです。

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1点10円の自費診療での受け入れには限界も?

この調査によると、「有効な回答(n=4,971)のうち、訪日外国人旅行客への診療価格として、90%の病院は1点あたり10円としていた。」とあります。日本の保険証を持っている患者さんが保険証を忘れたり、保険を適用できない受診経緯(労災や交通事故など)の場合と同じ扱いにするというやり方です。

しかし、このやり方を外国人患者に当てはめることには経営的なリスクを伴うと思っています。というのも、先に述べた例の通り、100万円の診療費がかかっていた患者に逃げられた場合、病院はその100万円を取り返すすべがなくなってしまうからです。そのような患者が年に5件、10件と増えていけば、受け入れた医療機関にとって大きな損失となってしまいます。

個人的な意見ですが、外国人患者の受け入れ時の未収金問題を解決する方法の一つとして、「1点10円以上の換算にして請求を行うこと」が有効になるのではと思っています。

「1点10円以上の換算」で外国人患者診療は「収益性のある事業」に?

厚労省の調査スライドには、次のような結果も書かれています。

「外国人患者受入れが多い病院(n=185)に限ると、61%の病院が1点あたり10円としているものの、28%の病院が1点あたり20円以上で請求していた。」

つまり、1点=20円や25円の扱いとして請求している病院があるということです。

当然、1点10円よりも請求金額が大きくなるので、このやり方には未払い金が大きくなるリスクもはらんでいます。それが分かっているうえで、なぜそのような方法にする病院があるのか?

これは私の予想ですが、1点10円以上の請求を行うことで、差分の収入をそのまま利益にすることができ、他の外国人患者の未収金に補填するということが可能になるからなのではないでしょうか。

先ほどの1点=10円換算で100万円の診療費がある患者を考えてみると、1点20円換算であれば、200万円の請求金額が発生します。ひとりの患者は全額支払って帰り、もう一人の患者は全く支払わずに帰ったとすると、

・1点10円換算の場合…病院の収入は100万円

・1点20円換算の場合…病院の収入は200万円

 となります。

本来病院がもらうべき最低の金額は、1点10円換算で100万円×2人で200万円になります。上記のケースでは、1点20円換算を行うことで1人の患者から受けた利益を、もう一人の患者の未払いに回すということができています。

なんだかあくどい話だなと思う方もいるかもしれませんが、考え方としては保険金と同じシステムです。全体から集めたお金をプールしておき、事故(診療費未払い)が発生した場合はそこから補填していくという感じですね。

そしてこのやり方を行えば、1人の患者を受け入れるごとに通常の保険診療よりも大きな利益が出ることになりますので、外国人患者の受け入れを収益性のあるひとつの事業にすることも可能になります。個人的な感覚としては、保険会社が介入すれば支払いの問題はほぼ解決するので、外国人患者を多く受け入れている病院が1点=10円以上の請求を行うことは極めて妥当な対応策だと思っています。

ちなみにこのやり方を成立させるには、前の記事で述べた問題点が院内で一通り解決されている必要があります。

具体的には、

・海外の保険会社とやり取りができる言語能力に長けた常勤スタッフ

・患者への診療費請求に関わる入院・外来の医事課担当者の頑張り

・各科の医師の診断書作成への協力体制

など、病院内の人員体制や文化を整備していくことが必要になります。外国人患者はそこまで多くないという病院には赤字を増やすだけの施策にもなりかねませんので、自院の内部・外部の環境分析を正しく行うことが重要です。

今後の外国人患者の受け入れにおける提言

最後になりますが、外国人患者への診療費請求を日々行う立場から、僭越ながら今後の日本の医療機関の外国人患者受け入れに関して3つほど、提言をさせていただきます。

1.外国人未払医療補填制度の見直し

まず一つ目が、記事の中でもご紹介した「外国人未払い医療費補填制度」の見直しです。

この制度では、日本を訪れた外国人観光客に発生した診療費は対象外となります。しかしながら、年間で500~600万人近くで増え続けている外国人観光客がいる現在の日本において、この対象者層の設定はもはや時代遅れのように感じます。外国人観光客に発生した診療費についても、何らかの補填がされるよう、制度が見直されて行ってほしいなと思っています。

また未払いの補填金額は、予算の中で病院ごとの受け入れ数に応じた傾斜分配方式で設定すべきだと考えています。「外国人患者を頑張って受け入れた医療機関ほど、制度上の恩恵を受けられる」とすれば、医療機関側にも受け入れのインセンティブが働くのではないでしょうか。

2.診療費未払いのあった外国人患者への厳罰化

こちらについては、既に「医療費未払いのあった外国人は再入国禁止」というニュースが出ていますが、「逃げたもの勝ち」という結果を生まないような制度設計が必要だと感じています。

また未払いのまま帰国してしまった患者に対して日本の行政がその国の大使館と連携して患者に連絡を取るなど、いち医療機関ではこれまで限界があった診療費請求についても、なんらかのサポート体制を敷いてほしいなと思っています。

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3.医療機関側での外国人患者受け入れ努力

最後は、「医療機関もただ文句を言うだけでなく、外国人患者受け入れの努力をもっとしていきましょう!」という話です。

例えば、言語の壁の問題。通訳スタッフを専属で雇うことは難しくても、電話通訳会社と契約したり、簡易翻訳機(ポケトークなど)を病院で持つことにはそこまで大きな金額はかかりませんし、人依存にもなりません。現在はGoogle翻訳の精度もかなり高くなっていますので、各部署で指差し会話帳であったり、診療費に関する案内文書を作成することも可能でしょう。

また診療費の請求にあたっては、特定のアシスタンス会社と提携することで、海外の保険会社ともやり取りができるようになると思います。

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現在の日本社会が外国人旅行者を積極的に受け入れている以上、日本の医療機関にとって外国人患者受け入れはもはや避けて通れない問題です。現場レベルでは上記のような対応を行う、また経営層レベルでは診療価格の見直しなどを通じて、この時代の変化にどのように対応していくかを考え続ける必要があります。

「病気で倒れた時に、日本の病院が国籍や経済状況に関係なく受け入れてくれる」という日本の素晴らしい医療体制を守り続けるためには、医療政策側と医療機関側の双方の歩み寄りが必要です。患者さんを受け入れる医療機関が、時代の変化に文句を言うだけでなく、「医療機関が経営努力としてできる範囲で適切な環境整備や対応を行う」という姿勢は大切になると思っています。

まとめ

  • 日本の健康保険制度に加入していない外国人患者は、請求先が患者本人しかないため、患者に逃げられた際の未収金リスクが非常に高い。
  • 外国人患者の受け入れ時の未収金問題を解決する方法の一つとして、「1点10円以上の換算にして請求を行うこと」が考えられる。やり方によっては、外国人患者の受け入れを病院の収益事業とすることが可能かも?
  • 外国人患者の未払いに対する行政からの補填制度や、未払いがあった外国人患者への厳罰化など、制度面で不十分と思われる部分があるのも確か。一方で、医療機関側も国際化対応を強化していくなど、時代の変化に応じた経営努力が求められる。

参考

日本政府観光局 月別・年別統計データ(訪日外国人・出国日本人)

https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/

・「平成30年度医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」の結果

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000173230_00001.html

・外国人旅行者の医療費 「未収金」に病院苦悩

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201905/CK2019051302000255.html