コロナウイルス流行が病院経営に与える影響を考える

日本でのコロナウイルス流行が本格化してきています。

医療現場が危機的状況になっていることを、国立国際医療研究センターの忽那先生が書かれたこちらの記事で改めて認識された方も多いのではと思います。

news.yahoo.co.jp

こちらは新型コロナウイルス対策ダッシュボードより、2020年3月27日時点の状況です。

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www.stopcovid19.jp

今回はこの状況への対応に伴い、医療機関内で収益に関して三つの減収の要因が存在すること、およびその局面に各医療機関や行政がどのように対応していくべきかを書くことにしました。

「社会の非常事態のこんな時に、事務は病院のお金回りの話か」と思われるかもしれませんが、医療機関が健全に経営されていないと患者さんの受け入れは出来ませんし、今回の問題が収まっても医療機関はこれまで通り存続します。

そういった意味で、コロナウイルス対応により経営面にどのような影響があるかも、各医療機関の中で想定しておくことは大切だと思っています。

収益に関する三つの要因 

集中治療室の枯渇による予定入院患者の減少

第一が、集中治療室(ICU)の枯渇による予定入院患者の減少です。

予定・緊急に関わらず、急性期病院が患者さんを受け入れるときのボトルネックになるのは個人的には「集中治療室の数」だと思っています。

急性期病院にとって、集中治療室があることによって高度な治療(=保険点数の高い治療)が可能になること、また集中治療室に関わる特定入院料自体が高点(平均すると約8,000~10,000点/日)であることから、集中治療室を正しく機能させることが急性期病院の経営のカギを握ることになります。

A301 特定集中治療室管理料(1日につき) - 平成30年度診療報酬点数 | 今日の臨床サポート

具体的な集中治療室の使用ケースとしては、

・来院時点で重篤な状態にある患者さんへの治療

・長時間にわたる手術を行った後の患者さんの術後管理

・リスクの高い薬物治療を行う患者さんの全身管理

・基礎疾患に加えて精神的な問題のある患者さんの入院

・院内で急変した患者さんへの対応

など、急性期病院の集中治療室は様々な目的で活用されており、平常時でも常にギリギリの病床稼働率や人員体制で回っています。

 

ところが今回のような問題が起きた場合、急性期病院は「コロナウイルス患者向けに集中治療室を確保すること」が求められることになります。(一般病棟で見ることも増えてきていると思いますが、該当の患者さんが重症化した場合に備えて集中治療室を準備しておく必要があります。)

集中治療室のベッド数や医療従事者の人数を増やすことは出来ないため、恐らく予定入院で集中治療室を利用する可能性の高い患者さんについては、入院日の延期をお願いすることに病院としては舵を取ることになるでしょう。

これにより、もともと収益の中核になり得た予定入院の患者さんの入院が一旦無くなる(もしくは他院への紹介)となることから、結果として急性期病院として収益を生んでいた患者さんの層が一時的に離れ、病院への収益にも月単位でマイナスの影響が出てくることが予想されます。

救命救急センターの救命救急入院料の算定件数減少

続いてが、感染症患者の受け入れも行う救命救急センターへの影響です。

救急患者を受け入れる医療機能を持つ急性期病院は、地域でも様々な役割を担っています。特に地域の救急医療の要の存在である救命救急センターの中には、今回のコロナウイルス患者の受け入れも同時並行で行っている病院も多いでしょう。

救命救急センター(きゅうめいきゅうきゅうセンター)とは、救急指定病院のうち急性心筋梗塞脳卒中、心肺停止、多発外傷、重傷頭部外傷など、二次救急で対応できない複数診療科領域の重篤な患者に対し高度な医療技術を提供する三次救急医療機関のこと(Wikipediaより抜粋)

救命救急センターの指定を受けている医療機関には、救命救急用の集中治療室への特定入院料として、救命救急入院料の算定が認められています。(下記は広範囲熱傷特定集中治療管理料熱傷でない救命救急入院料です)

 ○救命救急入院料3

  ( 1 ) 3日以内の期間:9,869点

  ( 2 ) 4日以上7日以内の期間:8,929点

  ( 3 ) 8日以上14日以内の期間:7,623点

 ○救命救急入院料4

  ( 1 ) 3日以内の期間:11,393点

  ( 2 ) 4日以上7日以内の期間:10,316点

  ( 3 ) 8日以上14日以内の期間:9,046点

しかし一般のICU(特定集中治療室管理料)と異なり、救急のICU(救命救急入院料)の算定上の条件は、緊急入院のみ算定が可能で、また他病棟からの転棟は算定が不可能と、算定要件が厳しくなっています。

救命救急入院料は、救命救急医療に係る入院初期の医療を重点的に評価したものであり、救命救急入院後症状の安定等により他病棟に転棟した患者又は他病棟に入院中の患者が症状の増悪等をきたしたことにより当該救命救急センターに転棟した場合にあっては、救命救急入院料は算定できない。

参照元A300 救命救急入院料(1日につき) - 平成30年度診療報酬点数 | 今日の臨床サポート

つまり、

・一般床にいる患者が重症化して救急ICUに入った場合

・一般ICUから救急用のステップダウンICUに入った場合

は、救命救急入院料は算定できないということになっています。

もちろん、救命救急入院料は救命救急センターとして算定することが許されている特定入院料ですので、原則は一般ICUと救急ICUで使い分けをすることが院内の運用としても求められます。

ただしこのような緊急事態の場合は、重篤な患者さんを受け入れるために、一般ICU・救急ICUという院内の区分けは一度取り除き、患者受け入れの最も重要な治療のリソースである集中治療室をいかに活用するか、というところに力点を置いて臨時運用を立てる医療機関も出てくるはずです。特に患者さんや地域医療を第一に考える医療機関ほど、このような臨時運用を決断していくことになるでしょう。

しかしこの判断により、診療報酬のルールにより約8,000~9,000点/日の収益を生む救命救急入院料の算定件数が大きく減る可能性があるということも、事実として認識しなくてはいけないことだと思います。

レセプト審査による検査や薬剤への査定

最後が、コロナウイルス患者へのレセプト審査による減額の可能性です。

コロナウイルスの疾患をDPC病名とした場合、算定方法はDPCでなく出来高となるため、DPCで包括対象になる薬剤や検査もすべて審査の対象となります。

コロナウイルス患者への治療法が確立していないことから、

・通常よりも回数の多い検査

・想定されていない薬物の投与

などが行われることで、審査基準に照らし合わせると詳記などをつけても査定されることもあるでしょう。

ここについては算定を担う医事課の腕の見せ所なのですが、非常事態での人命優先で行った治療が認められない可能性もあるということは何とも残念な気持ちになります。 

医療機関への経営面での影響を最小化するために

社会的な非常事態にもかかわらず、受け入れ医療機関には減収の可能性があるというネガティブな内容の記事となってしまいました。

今後、この難局をどのようにして乗り切るのか?

個人の意見ですが「医療機関毎の痛み分け」と「診療報酬上の臨時措置」という二つのことについて書きました。

医療機関毎の「痛み分け」が必要な時期

急性期病院:各医療機関での受け入れ体制確保

地域差はあると思いますが、都道府県によっては軽症~重症患者を懸命に受け入れている医療機関がある一方、受け入れに消極的な医療機関もあると聞いています。

もちろん、マスクをはじめとする感染予防のための物品や、感染症患者の受け入れを普段行っていない医療機関には、患者の受け入れは難しいのでその場合は自病院内の安全確保が最優先です。ただし、二次救急以上の救急受け入れや、集中治療室があり感染症対応を行っている医療機関であれば、少しずつでも今回の感染症患者への対応に協力してもらうことで、基幹医療機関への負担の偏りを減らすことにつながるはずです。

特定の医療機関の頑張りに頼るのではなく、地域全体でコロナウイルス患者への診療を行える体制を、行政主導で行っていってほしいと感じています。

後方支援病院:急性期病院からの転院患者の積極的な受け入れ

コロナウイルス患者の受け入れを行うことのできない回復期リハ・地域包括・療養型などの急性期病院の転院先になる医療機関については、「急性期のベッドを空ける」という役割が今後より一層求められてくるでしょう。

転院調整は、受け入れ先の医療機関の判断基準に照らし合わせて患者さんが転院できるかが決まります。それ自体は患者さんの安全を守るために当然のことなのですが、転院先となる医療機関についても、「急性期のベッドを空ける」という観点から少しだけでも受け入れる基準を緩和してもらうこと(特に医療機関毎の「こだわり」は出来るだけ排除する)を、急性期病院の立場からはお願いしたいと思っています。

診療報酬上での臨時措置は可能か?

今回の記事で記載をした、

・救命救急入院料の算定件数減少

コロナウイルス患者のレセプトに対する減額査定

の二点については、該当患者に限っては診療報酬上の臨時措置を行ってもらえないものかと思っています。

例えば、該当のDPCコードの患者さんに対しては救命救急入院料を特定集中治療室管理料に置き換えて算定することや、想定されていない薬剤の使用についても詳記の添付があれば請求可能にするといったことです。またはこれらが現実的に難しければ、受け入れを行った医療機関に、その受入数や対応期間に応じて補償を出すなど。

社会的使命を果たした医療機関がきちんと報われるよう、事後的にでも経営面でのサポートを国にしてもらいたいと思っています。

最後に…

以前台風の記事を書いた時にも思いましたが、医療機関は社会が緊急事態になっている時こそ、日常以上の役割が求められる組織なのだと様々なニュースを見ながら痛感しています。

日夜頑張っている医療従事者の方がいるということをみなさまに認識していただきつつ、日本全体で感染症を食い止められることを、願っています。