医療機関におけるマーケティング戦略を考える③:市場地位別の生存戦略

前回までのおさらい

  •  マーケティングの4つのPとは、Product(製品)、Place(流通のチャネル)、Promotion(顧客との情報のやり取り)、Price(価格)を指す。
  • 4つのP を組み合わせることを、「マーケティングミックス」と呼ぶ。長期的な成功を持続するためには、4つのPが適切にフィットしていなければならない。
  • セグメンテーションとは、「市場の細分化」のこと。「市場」は細分化することが可能であり、その中で自身の医療機関が持つ特性に対して、どの市場が良い反応をしてくれるかを考えることが重要になる。

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これまでは自身の医療機関の持つサービスの特徴、ターゲット市場の設定の話でしたが、今回は医療機関が持つ地位別に、どのような生存戦略を立てるべきか?」という点を考えていきます。

市場地位別のマーケティング戦略

自分の病院の市場地位はどこにあるか?

自分の病院がマーケティング戦略は、その病院が医療圏内で占める地位によって大きく変わってきます。ターゲットとする市場のニーズや、4つのPからなるマーケティングミックスに加え、業界内での自身の地位を理解することが、医療機関におけるマーケティング戦略成功の秘訣となります。

市場地位は大きくリーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワーの四つの分類に分けられます。今回は急性期病院の領域に特化し、リーダーとチャレンジャーの生存戦略について考察します。

市場地位別の生存戦略

➀リーダー

最大の市場シェアを保有する企業であり、先に述べたターゲット設定で言えば、フルラインに近い製品を持っていることが多いです。医療機関で言えば、医療圏の中で最も大きな総合病院をイメージするのが一番近いでしょう。

〇 生存戦略

リーダー企業が取る戦略は大きく攻めと守りで二通りあります。

1.市場全体の拡大

現在トップシェアを占めている市場を、さらに大きくして利潤を獲得していこう!という攻めの戦略です。具体的な方策は以下の通り。

・新しいユーザーの獲得(女性向け商品を男性にアレンジして売るなど)

・新しい用途の開発(一つの素材を異なる形に製造して売るなど。素材系産業に多い手法)

・1回当たりの使用量増(タイヤメーカーのミシュランが遠くに出かけてもらうためレストランのガイドブックを作るなど)

2.シェアの維持・防衛

二つ目が、リーダー企業としての体力を生かして、現在のシェアを維持していくという守りの戦略です。具体的な方策は以下の通り。

・直接対決(主に価格競争。ただし利益体質を悪化させる可能性が高い)

・サービスの同質化(チャレンジャー企業が取ってきたサービスや商品に類似したことを行う)

イノベーション(新しいサービスや製品を市場に投入して他との差をつける。市場の拡大にもなる方策)

医療機関で考えると…?

民間企業の製品やサービスは、需要に合わせて製造量や価格を変えていくことができます。一方で、医療圏内で病床数が割り当てられ、診療報酬という公的価格で経営することが求められる医療機関では、そのような需要に合わせた柔軟な対応が難しいという現状があります。また病気になる患者は高齢化などもあり年々増えていますが、医療機関の行動がきっかけで病気が増えることはありません。このため、「市場の拡大」という概念は馴染みにくいと言えるかもしれません。

ひとつ言えるのは、リーダー病院こそ「新しいユーザーの獲得」を大切にするべきであるということです。具体的には、医療連携や広報を通じた新しい患者の獲得と、逆に地域の医療機関に急性期を脱した患者(単価が落ちてきた層)を紹介することが具体的な業務に当てはまります。

「守り」の戦略としては、他の病院が行っている患者サービスを欠かさずチェックし同質化を行っていくことが大切です。また、リーダー病院としての体力を生かし、ある程度の投資もしながら新しい患者サービスをスタートさせることも市場地位にあった生存戦略であると言えます。

②チャレンジャー

リーダーに次ぐ二番手の市場シェアを持つ企業のポジションを「チャレンジャー」と呼びます。

チャレンジャーには、市場シェア1位を狙っていく「攻撃的チャレンジャー」と、業界全体の安定を目指し、その中で自社も十分な利潤を獲得することを目的とした「共生的チャレンジャー」の二つがあります。

それぞれ、どのようなポジショニングや生存戦略があるのかを考えていきます。

攻撃的チャレンジャー

生存戦略

市場トップシェアを狙っていく攻撃的チャレンジャーが取るべき戦略は、当然リーダー企業からシェアを奪っていくことにあります。そのためには、リーダーの提供するサービスとの差を生み出し、差別化したサービスを提供していくことが基本になります。

注意するべきは、チャレンジャーの差別化に対し、リーダーは同質化で対応してくることです。このため、リーダー企業が同質化しにくい分野で差別化を行うことが、攻撃的チャレンジャーの戦略として重要となります。経営学の教科書的には、以下のような例が挙げられています。

・リーダーの持っていない経営資源を利用する(チャレンジャーだけが持つ独自技術など)

・リーダーが同質化を行えない内部事情を利用する(同質化することで自社製品の売上が落ちるなど。ジョンソン&ジョンソンが小さいブラシの歯ブラシを出した際、歯磨き粉のトップメーカーであったライオンが、歯磨き粉の売上を維持するために同質化できなかった例が有名です。)

医療機関で考えると…?

リーダーのポジションが医療圏の中で最も大きな総合病院(大学病院や県立病院)であるとすると、チャレンジャーに位置するのは救急車の受け入れ、手術や化学療法などリーダー病院に近しい診療を行っている、中規模の急性期病院であると思われます。

・リーダーの持っていない経営資源を利用する

・リーダーが同質化を行えない内部事情を利用する

というのが生存戦略の基本路線ですが、こと医療機関に関して言えば、攻撃的チャレンジャーに位置する病院はどうしてもリーダー病院の下位互換となってしまうため、差別化がなかなか難しいと思われます。診療科・診療内容も、大学病院を中心として医師が配置されていく事情を鑑みると、差別化の源泉とはなかなかなりえません。

また、急性期の病床数を減らしていく流れが起きている現在、攻撃的チャレンジャーに位置する病院が生き延びる道は閉ざされていくと予想されます。減床を受け入れること、そして将来的には病院統合の対象になっていくというのが、病院業界における攻撃的チャレンジャーの立ち位置なのかもしれません。

共生的チャレンジャー

トップ企業に挑んでいく道を選ぶのが攻撃的チャレンジャーであるのに対し、平和共存する道を探るのが共生的チャレンジャーです。

生存戦略

リーダーとの激しい正面衝突による価格競争や過剰設備を抱えるのを避けることを念頭に置いた運営を行う必要があります。このため、基本方針はまず差別化して棲み分けを目指すこと、そしてその差別化はリーダー企業の上得意客を奪わない方向性であることが大切になります。

リーダー企業の側から見ても、競争を行う必要性の低い市場をむやみに追わず、その分のリソースを現在の市場への投資に充てることが出来るというメリットもあります。

医療機関で考えると…?

急性期病院から見たリハビリ病院、療養型病院というのは、「リーダー⇔共生的チャレンジャー」との関係性とは少し異なります。

「リーダー⇔チャレンジャー」の関係性を考えると、例えば3次救急まで対応できるリーダー病院に対して、2次救急レベルの患者をリーダー病院と協力して地域で受け入れる病院、また地域包括ケア病棟を持ち、リハ・療養への転院調整や在宅調整までの期間に受け入れる亜急性期の医療機関をイメージすると分かりやすいでしょう。

共生的チャレンジャーの立場は、これからの時代の病院の生存戦略として適切なものであると思います。というのも、先に述べたように攻撃的チャレンジャーの立場からリーダー病院になることはかなり難しい外部環境であるのに対し、共生的チャレンジャーの立場はリーダー病院にとってもメリットのある存在であるためです。

もちろん、経営統合が進み、地域に巨大な中核病院が出来れば共生的チャレンジャーの病院も吸収されてしまうのかもしれませんが、まだまだそれは先の話。救急者や入院患者を受け入れつつ、リーダー病院とのパイプがある共生的チャレンジャーの立場の病院は、今後の各医療圏にとって重要な役割を担うことが予想されます。

③ニッチャー(特徴のみ抜粋)

製品・サービスがユニークであり、他の企業が参入してこないような隙間市場に集中し、そこで圧倒的なシェアを握っている企業がニッチャーです。

ニッチャーの製品やサービスを選ぶ人々は、ニッチャー企業の提供するものにかなりのこだわりを持っていて、それゆえに価格競争に巻き込まれにくいということが特徴です。

④フォロワー(特徴のみ抜粋)

一定の利潤を確保して企業の存続を確実なものとしながら、成長する機会をうかがうのがフォロワーです。このような目標を達成するために、まずリーダーやチャレンジャーにとってあまり魅力的ではない市場セグメントをターゲットにとる必要があります。

一方で、ニッチャーのように独自の魅力を持っていないので、フォロワーが選ぶ市場セグメントは価格に対して敏感に反応するセグメントになります。このため、徹底的なコストダウンを図り、低めのコスト・低めのプロモーションでの運営が求められます。

市場地位×外部環境にあった戦略の立案が大切

この記事を書いていて思うのが、病院業界(特に私の働く急性期病院)がいかに成熟した産業(=市場の伸び率が低い)であり、また病床数や価格などが全て公的な管理のもとに運営されているかということです。マーケティング戦略の記事を書いてきましたが、民間企業と同列に考えることがなかなか難しい業界であると感じました。

一方で公的病院をはじめとし、全国各地での病床の再編など、外部環境の変化は向こう10年で必ず起こる動きとなってきます。そのような外部環境の変化を踏まえつつ、自身の医療機関がどの市場地位に属しているのかを知ることは、今後の生存戦略を立てるうえで必要不可欠です。

特にチャレンジャーの立場に置かれている病院にとっては、

・共生的チャレンジャーとしてリーダー病院と共存するのか?

・攻撃的チャレンジャーとしての挑戦を続けるのか?

・リーダー病院に合併される道を選ぶorダウンサイズするのか?

などなど、転換を求められる時代となるはずです。自身の医療機関の市場地位と、置かれている外部環境、また世の中の流れを読み取ることが大切というのは、どの業界でも同じであり、そういった意味でこのような教科書的なマーケティング戦略の分析をきちんと行うことはとても重要であるでしょう。

参考

4つのP、ターゲット市場の設定のマーケティング戦略の記事と合わせて読んでいただけると嬉しいです。

www.medical-administrate.org

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記事作成にあたっては、こちらの教科書にお世話になりました。

わかりやすいマーケティング戦略 新版 (有斐閣アルマ)

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  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2008/04/04
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