マスク問題から考える医療機関のサプライチェーン管理

2020年5月12日付の日経新聞の一面に、こんなニュースが載っていました。

www.nikkei.com

概要としては以下のような内容の記事です。

医療関連品の海外依存の高さが日本の医療体制の弱みとして浮かび上がっている。後発薬の原料では5割を輸入に依存しており供給不安の恐れも出ている。マスクや防護服など医療従事者に必須の医療装備品は軒並み中国からの輸入品に頼る。一部の医療品では各国で囲い込みの動きも見られる。政府は今後の感染症拡大にも備えるため、400社超と協力して、医療品の国産化を進める。

3月~4月にかけて「医療現場にマスクが足らない!」と連日報道がされていましたが、今回のマスクやガウンに限らず、安価な針やガーゼから高額な手術機材や薬剤まで、様々な医療用品を毎日使用する医療機関にとって、「モノの管理」がとても重要であることを再認識させられるニュースでした。(にしても、まさか全国の医療機関がマスク不足に悩まされるとは…)

モノ不足に陥る原因は全国的・全世界的に起きる現象であり、医療機関側で取れる対策には限界がありますが、平時から診療材料や薬剤の安定供給体制を考えておくことは無駄にはならないはずです。今回は、医療機関サプライチェーン管理について書いていきたいと思います。

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医療機関におけるサプライチェーンとは?

サプライチェーン」というと聞きなれない言葉だと思いますが、『供給品の製造から病院に配達されるまでの各ステップ』と置き換えればOKです。先にも述べた通り、医療機関が利用する診療材料や薬剤の種類と量は莫大であるため、医療機関は多種多様なサプライチェーンがあることを把握している必要があります。

サプライチェーンは、大きく以下の三つのステップから成り立っています。(→以降はその中で起こりうるリスク)

➀製造業者→特定製品の製造延期や中止、工場の停止や閉鎖による供給力低下

②倉庫施設→倉庫内の品質管理不順(温度管理や衛生管理など)

③販売業者や運送会社…移動制限による配達遅延、移動中の品質管理不順(温度管理や衛生管理など)

※この他、それぞれが抱えるリスクとして業者のコンプライアンス不足による営業停止や、天災等による企業活動の停滞や施設の破損(台風で工場が水びたしになるとか)が挙げられるでしょう。

今回のマスク問題では、主に➀のポイント(製造業者側がマスクの生産ラインを急に引き上げられないこと、また世界的にマスクの需要が急増したことにより輸入が大幅に低下したこと)がその要因となりました。

それ以外にも、2011年の東日本大震災では、東北地方の工場や倉庫施設の破損、道路の決壊による輸送網の断絶などで、①~③までのステップが同時多発的に機能不全に陥り、診療材料や薬剤の供給が危ぶまれた医療機関がいくつもあったと聞いています。

医療機関は、①~③までの各ステップのリスクに注意を払いつつ、「安全」と「安価」のバランスを取りながらサプライチェーンを構築しています。 

サプライチェーンに潜むリスクの把握

とはいっても、サプライチェーンを管理するスタッフのリソースにも限りがありますし、外部企業の活動を医療機関側から制限することはできません。出来るとしたら、「安全と認可されている企業と契約を結ぶ」ことくらいでしょう。

医療機関側で出来る努力としては、「特にリスクの高い診療材料や薬剤」を各医療機関で選定し、そのサプライチェーンを追跡・評価することになるでしょう。「リスクの高い診療材料や薬剤」の定義は難しいところですが、

・代替品が存在しない

・製品の欠陥により、患者に極めて大きなリスクが存在する

・偽造品や模造品の可能性がある

等が考えられます。

医療機関や製薬企業に勤めている人しか知らないニュースだとは思うのですが、2019年の冬に全国の医療現場は「セファゾリンの供給停止問題」に巻き込まれました。

日医工 欠品の抗菌薬セファゾリン、「最短での供給再開目指す」 原薬出発物質の供給は再開 | ニュース | ミクスOnline

セファゾリンは、手術時の創感染予防のための術前投与や感染症治療に使用される薬剤ですが、代替品も品薄となり、診療に影響が出た医療機関も少数ですが存在したようです。

f:id:espimas:20200513190516p:plain(第33回厚生科学審議会感染症部会資料2より抜粋)

このように、ある日突然供給がストップしてしまう診療材料や薬剤はやはり存在します。医療機関は、普段から使っている診療材料や薬剤が供給停止になった際のリスクや診療への影響についてを想定し、プランBの準備をしておく必要があります。そういった意味で、サプライチェーンの管理は、患者さんに提供する医療の安全性と品質を確保する鍵となります。

今回のマスク問題を振り返って… 

新型コロナウイルスという突如発生した感染症によるマスク不足問題ですが、市販されているようなサージカルマスクについては

医療機関だけでなく、他の民間施設や一般市民も使用頻度が増えたことで、国内的に品薄になったこと

・世界的に流行した感染症であり、各国で同時にマスク需要が急増したため、輸入品が大きく減ったこと

 ・国内メーカーの生産ライン引き上げにも限界があったこと

などから、どの医療機関も正直打つ手がほぼ無かったのではと思います。

一方で、N95マスクや医療用ガウンなどのほぼ医療機関しか使用しない感染防護具については、今回の対応を機に国内メーカーや卸業者とパイプを太くしておくことや、院内備蓄の数を再検討するなどの見直しもできそうです。もっとも、感染症は同時期に全国で一斉に発生するので、その対応に限界があるのも事実ですが。

ちなみに記事の冒頭のニュースで論点になっている「医療品の国産化」ですが、やはり海外輸入品の方が仕入れ値としては安く、多くの診療材料は償還価格が付かない(特に感染防護具の適切な使用は診療報酬では全く評価されません…)のが現状です。医療品の国産化に成功したからと言って、医療機関が院内採用品を国産のものに切り替えていくかというと正直かなり疑問があります。

行政側にも、今回の問題を通じて医療品のサプライチェーン管理には大きな課題が残ったと言えるでしょう。

最後に…医療機関への寄付や医療品業者の努力に感謝

今回のコロナウイルス騒動の中で、様々な医療機関への支援活動がありました。

患者さんが窓口や寄付室にマスクを送ってくれたりしたことも数多くありましたし、クラウドファンディングでマスク1000万枚を調達して医療機関へ無償配布するなど、すごすぎるプロジェクトまでありました。

readyfor.jp

またもメーカー側でも生産水準を引き上げてくださったおかげか、今月から私の働く医療機関でもサージカルマスクが1日1枚使えるようになりました。大変な中で、医療機関を支えてくださった多くの皆様にこの場を借りて改めて感謝、感謝です。

日本における新型コロナウイルス患者の新規感染者数はだいぶ落ち着いてきた印象ですが、第2波・3波が起こらないよう日常生活に注意しながら、1日も早い収束を待ちたいと思います。

参考

www.nikkei.com

www.nikkei.com

セファゾリンの供給低下について:https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000561864.pdf